物理学の世界から戦場へ。八王子在住の戦場カメラマンが語る真実と、この街で生きる理由【はちんちゅ vol.3】

八王子をルーツに活躍する人に迫る新企画『はちんちゅ(八王子人)』。第3回は、戦場を取材し続ける報道カメラマン・久保田弘信さん。かつてはNASAを目指し物理学を学んでいた彼が、なぜカメラを手に取り危険な地へ赴くようになったのか。壮絶な体験や八王子への想いを語ります。
久保田弘信(くぼた ひろのぶ)
報道カメラマン。岐阜県大垣市生まれ。大学で理論物理学を専攻後、スタジオアシスタントを経てカメラマンに。観光写真などを手がける傍ら、アジア各地の貧困や難民問題を取材。2001年の9.11同時多発テロ以降、アフガニスタンなど世界各地の紛争地を取材し続けている。著書に『世界のいまを伝えたい』(汐文社)、『僕が見たアフガニスタン Afghan Blue 久保田弘信写真集』(虹有社)
。八王子市在住。
公式ブログ: https://kubotahironobu.blog.fc2.com/
YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/@HironobuKubota
偶然と好奇心が生んだカメラマンへの道
――久保田さんは元々、物理学を学ばれていたそうですね。そこからカメラマンへ転身されたきっかけは何だったのでしょうか?
ええ、理論物理学を勉強していました。NASAに行きたかったんですよ。でも、大学卒業後は非常勤で学校の先生をしていて、手取りが15万円くらい。東京で暮らすには厳しくて、夜にバイトを探したんです。たまたま見つけたのが、コマーシャルスタジオのアシスタント。時給も良かったし、夜間の不定期な仕事だったので好都合でした。カメラには全く興味なかったんですけどね(笑)
――カメラに興味がないのに、どうして続けられたのですか?
理系の「なんで?」という好奇心が働いたんだと思います。例えば、商品のボトルを撮るのに、なぜ奥から光を当てるのかとか。当時の撮影はフィルムなので、ライティングが決まったらポラロイドで確認するんです。そのポラを全部もらって、撮影データを書き込んでいたら、1年で一番仕事ができるアシスタントになっていました。
ある時、先輩カメラマンが入院してしまって、翌日までに30点のメニュー写真を撮らなきゃいけなくなったんです。誰もできないと言うので「僕やります」って。先輩たちからは「新人のお前が何言ってんだよ」っていう雰囲気でした。でも、朝までに撮り終えて、現像したらちゃんと写っていて、クライアントからもOKが出た。「あれ、カメラマン向いているかも」って思ったのが、最初のきっかけかもしれませんね(笑)

八王子市中町・桑都テラスにて
戦場カメラマンとしての覚醒 ― 9.11が変えた運命
――そこから、なぜ戦場カメラマンの道へ?
日本でブライダルや観光の仕事もしましたが、海外の仕事がしたくて。ある情報誌で、シンガポールやタイ、マレーシアの観光取材をさせてもらうようになったんです。英語が話せて写真も撮れて文章も書けたので、1人で3役こなせると重宝されました。
仕事が早く終わると、時間が余る。そこでカンボジアやミャンマーといった近隣諸国を訪れると、華やかな観光地のすぐ隣に貧困がある現実を目の当たりにしました。
決定打は、シンガポールで出会ったパキスタン人ですね。「遊びに来い」と言われて、軽い気持ちで行ったら、そこで「アフガンレフュジー(難民)がいる」と聞かされて。物見遊山で難民キャンプに行ったら、子どもたちがバタバタ死んでいく。「とんでもないものを見た」と。こういう現実を写真で伝える仕事もあるんだと気づきました。それがジャーナリズムの始まりです。

『世界のいまを伝えたい』(汐文社)、『僕が見たアフガニスタン Afghan Blue』(虹有社)
――ジャーナリストとしての活動は順調にスタートしましたか?
いえ、撮った写真はどこも使ってくれなくて。「もっと血がドバドバ出てないと」なんて言われたり。だから、自分で写真展を開いたんです。それが2001年。その写真展の最中に9.11が起きて、アフガン戦争が始まりました。アフガニスタンの写真を持っている人間が他にほとんどいなかったから、テレビ局から引っ張りだこになりましたが、そんなことより「友達がいるアフガニスタンが戦争になるなら、僕が行くしかない」と。僕は日本人で唯一、タリバン側から取材に入りました。

九死に一生を得た壮絶な体験
――取材では何度も危険な目に遭われたと思いますが、特に「死にかけた」経験について教えていただけますか。
一番怖いのは誘拐ですね。アフガニスタンでは何回か誘拐されています。最前線は弾が飛んでくる方向が分かるからまだいいんですが、街中で誰が敵か分からない状況で襲われるのは本当に怖い。一度、タリバンに誤って誘拐されたことがあります。でも、僕が最高指導者のムラー・オマル師と知り合いだと分かると、態度が豹変して「すいませんでした!」と。その日は逆に盛大なパーティーを開いてくれました(笑)

銃弾が飛び交う最前線 Photo by Hironobu Kubota
――最高指導者と知り合いとは…人脈の広さに驚きました。
本当に危なかったのは、タリバンではないグループに警察を装って誘拐された時。警察署に連行された後、解放されたと思ったら、そいつらは僕をどこかに売り飛ばそうとしていた。車に押し込められて、「このままじゃ8割方ダメだ」と思って、時速50kmくらいで走る車から飛び降りて、後続車に助けを求めました。後ろからバンバン撃たれましたけど、なんとか逃げおおせましたね。あのまま乗っていたら、今ここにはいなかったと思います。
――戦地だとやはり銃撃の恐怖がずっと付きまといそうです。
IS(イスラム国)の掃討作戦に従軍した時も、3mくらいの至近距離にロケット砲が着弾して吹っ飛ばされました。破片もいくつか体に当たりましたけど、その時は恐怖というより「やべえな、どこから撃ったんだ?」という冷静な状況判断の方が強かったです。

車両にロケット砲が着弾(左) Photo by Hironobu Kubota
なぜ八王子なのか?久保田さんが愛する街の魅力
――八王子には住んで長いのですか?
八王子はもう30年近くなります。最初は友人がいたから長沼に住み始めて、北野、そして今の山田と移り住みました。テレビ局の仕事が多かった頃、北朝鮮絡みの取材もしていたので、TBSから「家賃半分出すから都心に引っ越せ。危ないからオートロックのところに住んでほしい」と言われたこともあったんですが、断りました。環七より内側には住めないんですよね。

――なぜ八王子なのでしょうか?
生まれが岐阜の田舎だったことも影響していると思います。緑がないと生きていけない。今の家は庭があって、目の前が公園で、裏がお寺。すごく静かなんです。戦場カメラマンとして危険なところにずっといたので、人がごちゃごちゃしている所や、車の騒音が絶えない場所はダメなんです。八王子は、新宿まで40分で行ける利便性がありながら、こういう自然豊かで静かな環境がある。鳥の声で目覚める生活は最高ですよ。みんな八王子のことをちょっと軽く見がちだけど、この街の本当の良さは、住んでみないと分からない。僕は大好きですね、この街が。
帰国したら真っ先に行きたい八王子“母の味”
「とにかくご夫婦が温かい…実家に帰った気分になりますね。『ポークソテー』が人気ですが、『スタミナライス』も捨て難いです。大勢で行くと対応できないので、ひっそりと行っていただきたいです」

西八王子 洋食おがわで本格的かつ懐かしさ香るランチ
公開日: 2019.04.15
西八王子駅南口徒歩4分の 洋食おがわに再訪問!! カウンター席も テーブル席もあります。 陽の光が差し込む明るい店内!! 早速メニューですが・・・ このラインアップ!! 一通りの洋食が 網羅されています!! ※表示価格は税込です。 まずはハ…
――八王子から世界の貧困や戦争について考える。私たちにできることは何でしょうか?
僕のホームページやYouTubeで現地の状況を発信していますが、もっと多くの人に知ってもらいたい。例えば、八王子のイベントで僕の写真を展示して、そこに込められたストーリーを伝えるとか。音楽やアートと結びつけて、総合的に文化的なものを発信できる街になったら素晴らしいと思います。八王子からでも、世界の紛争地で起きていることに関心を持つきっかけを作れたら嬉しいですね。

八王子スクエアビルで開催された『特別講演 世界のいまを伝えたい』


【4/26】ロータリーデー特別講演『世界のいまを伝えたい』開催
公開日: 2025.04.25
2025年4月26日(土)、八王子スクエアビルにて、東京八王子ロータリークラブ主催のイベント「ロータリーデー 特別講演」が開催されます。今回の講師は、世界の紛争地や被災地を長年にわたり取材してきたフォトジャーナリスト・久保田弘信氏。「世界の…
レンズを通して見えた「当たり前」ではない世界
――最後に、久保田さんがカメラマンとして、ジャーナリストとして大切にされていることは何でしょうか?
理論物理学をやっていた経験が大きいんですが、「物事を当たり前と思ってはいけない」ということです。タリバンは悪いやつらだ、という報道が多いですが、実際に会ってみると、驚くほどピュアで、嘘がつけない人たちだったりする。偏見を持たずに、自分の目で見て、感じたことを信じる。それが僕のスタンスです。そして何より、人との出会い。シンガポールであのパキスタン人に出会わなければ、今の僕はいません。一つ一つの出会いが人生を変える。その好奇心と出会いが、この仕事を続ける原動力ですね。

イスラエルの国境近くにて
――久保田さんのお話は、どれも強烈な体験に裏打ちされていて、非常に考えさせられました。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。今度、西八で一杯やりましょうよ(笑)。


世界の戦場を歩き、死線を越えてきた久保田さんの言葉には、想像を超える重みがありました。その根底には、常に「人との出会い」があり、そして「好奇心」があったことが印象的です。そんな久保田さんが「八王子が大好き」と語る姿から、この街の本当の魅力が見えてきた気がします。八王子にいながら世界を知る――そんなきっかけを、久保田さんが与えてくれました
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