ナニコレ珍百景in八王子|長房町 庭に巨大なコンクリートの塊!

ナニコレ珍百景in八王子|長房町 庭に巨大なコンクリートの塊!

ありました!確かに珍百景。普通の民家の庭に巨大なコンクリートの塊。それも2つ。とりあえず、その民家のインターフォンを押しました。「突然すみません。読売新聞のもので…」「新聞は結構です」…営業訪問と勘違いされましたが、事情を説明しお話を聞くことができました。

突然巨大な橋脚が現れました

「これは御陵線の橋脚です。この土地を購入した時に残っていまして、自費で撤去しなくてはならなかったし、お隣りが『このままでいい』と言ってくれたので残っています。(橋脚はお隣りとの境界線上にあります)別に困ることはないし、風よけになっていいですよ。たまに、市の歴史を巡る方たちが見に来ているみたいです」とのこと。

御陵線とは?

京王御陵線は昭和6年に開業。大正天皇の崩御により造営された天皇家初の関東地区での多摩御陵が話題となり、多くの参拝者の移動手段として敷設されました。普段は北野〜多摩御陵前駅(廃駅)の折り返し運転でしたが、土日には新宿からの直通運転が行われました。

しかし、戦局の悪化に伴い不要不急線として昭和20年に休止。現在、高尾線が通っている線路と別れた場所(地図A)がめじろ台北東の端、京王線陸橋からよく見えます。その先は一般道(めじろ台東側のバス通り)になっており、甲州街道並木町交差点手前には横山駅(B)がありました。そこから左へカーブし、橋脚を経て、現在は団地になっている場所を通り多摩御陵前駅(C)が終点です。

多摩御陵前駅

多摩御陵前駅は神殿のような豪華な建物でしたが、八王子空襲(8月2日未明)で焼失。その場所は多摩御陵の参道脇の信号の角。現在は病院が建っています。

東浅川駅

一方、中央線には皇室専用の東浅川駅がありました。廃駅後は「陵南会館」として使われましたが1990年、過激派による爆弾テロにより焼失。現在は、線路東側の東浅川保健福祉センターの駐車場として利用され、いちょう祭り実行委員会の建物や1964年のオリンピックを記念した碑があります。

一度歩いてみて下さい。


地域情報紙「よみっこ」

こんな場所に廃線の痕跡が…!?歴史ロマンを感じる京王御陵線跡、ぜひ散策してみてください♪

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八王子を中心とした超地域密着型(ハイパーローカル)の地域情報紙です。新聞配達の流通を使い週6日発行・お届けをしています。※現在は読売新聞の購読者に限定して、朝刊に折り込む形で発行しています(日刊:5,000部)。八王子(主にめじろ台1~4丁目、緑町、山田町、椚田町、狭間町、館町、小比企町、寺田町、大船町、西片倉2~3丁目、みなみ野、七国※一部分に配布されないところもあります)に配達されています。