八王子が神奈川県から東京府への移管を記念して作られた『富士森公園』の記念碑

八王子が神奈川県から東京府への移管を記念して作られた『富士森公園』の記念碑

明治26年に東京府に移管!?「八王子は神奈川県だった」という話について、いくつかの反響をいただきました。そのうちの一つを紹介します。

読者からの情報提供

「手元に『明治14年陸軍省地図』(コピー)があり『神奈川縣武蔵國南多摩郡八王子驛』とあります。富士森公園は移管記念に開園。記念碑があります」(緑町・小柳様)とのこと。早速、『富士森公園』へ行ってきました。

明治26年に東京府に移管!?「八王子は神奈川県だった」という話

公開日: 2024.05.24

八王子の近代史において「八王子は神奈川県だった」という事実は最も興味深い事実の一つです。このことを「知らない」という人もいたので、改めてまとめてみました。…

記念碑

その記念碑は、富士森公園内の浅間(せんげん)神社の境内の一角(平和の像の裏)にありました。その表面には、以下のように書かれています。

前の郡長 原氏はじめ有志の人々此の苑をひらきけるに「ここにきて心の駒や遊ばせむ花にもみじにかぎりなければ」源通久(原氏は第三代八王子町長、原豊穣(ほうじょう)氏の事)

裏面には「明治三十一年」の文字が読めます。(東京府への移管は明治26年4月1日)

東京府への移管記念の碑

富士森公園の開園は明治29年で、市内最古の公園です。桜並木、八王子花火大会、プロ野球イースタンリーグ戦、前回東京オリンピックの聖火リレーでのセレブレーション会場など幾度も訪れていますが、この碑のことは知りませんでした。この公園には、他にも戦没者慰霊塔や平和の像などたくさんの碑や像があります。

東京2020大会公式マスコット「ミライトワ」

浅間神社

浅間神社は、全国に約1300社あると言われる、富士山に対する信仰の神社です。多くの浅間神社にあるように、ここにも神社の裏には塚があり「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやびめのみこと)」が祀られています。現在は、階段が設置され、社の前には「八王子富士」と書かれた石もありました。

社の前にある「八王子富士」(石)

祭礼は8月1日で、前夜の宵宮祭には、境内でみたらし団子が売られ、「団子祭り」と呼ばれ親しまれています。明治時代、神社に捧げられた米で団子を作り奉納後に参拝者に分け与えられたのが始まりと言われています。(よみっこ編集長:中塚)

浅間神社縁起

浅間神社は木花咲耶姫(このはなのさくやびめのみこと)を祭神とし、一つに富士浅間様とも言い、駿河国の本宮浅間神社を分社したものです。慶長年間(1596〜1613)、大久保石見守長安が高さ約二丈(約6m)周囲六十間(約109m)余りの塚を築き、頂上に浅間神社を勧請したのが当社の起源です。

この場所は、往古より樹木生い茂れる森にて、藤森と言い、塚も藤塚と書かれていましたが、慶長年間、富士浅間神社創立後は富士森又は富士塚と書くようになりました。

例祭は8月1日。宵宮(7月31日)は、別名「団子祭り」。現在の拝殿は昭和28年に大正殿(大正天皇のご大葬の時多摩御陵に造られた式典用の建物)を移築し建て直したものです。(案内板を要約)

富士森公園

※情報は取材当時のものです。来店の際は公式情報をご確認ください。

住所
東京都八王子市台町2-2
アクセス
山田駅から徒歩15分
京王八王子駅・JR八王子駅南口から京王バス「法政大学」「東京家政学院」「上大船」「グリーンヒル寺田」行で「富士森公園」下車すぐ
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地域情報紙「よみっこ」

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